批評:GODZILLA
はい、ハリウッドゴジラSecondシーズン見てきました。
しばらく見ないうちに向こうのゴジラは太ったね。前は魚が主食だったけど、今回はなんか放射能食うらしいね。炭水化物を多く摂取したわけじゃないのに太るんだね。
と、今回はもちろん以前のゴジラとは全くの別物として制作されたようで、色んな記事を読むたびに「前回の(笑)」みたいに引き合いに出されててなんかかわいそう。前は前で好きだったけどね。
じゃあ今回は何が違うのかと言いますと、単純に日本のゴジラ様のリスペクトがちゃんと意識されたつくりになってました。
まず本当にゴジラがなかなか出てこない。おっせーよ!出てくるまでに軽くスヤスヤしました。日本の一作目のゴジラも姿を現すまでが本当に長い。
今回は日本でのゴジラ映画が終了してしまい、半ばファンを楽しませるための映画にもなっているので、とにかく本当にゴジラが姿を現すのをタメにタメてめっちゃ小出しにしてくる。
特に今回のゴジラで印象が強かったのが、一枚画的な表現でゴジラを見せてくる描写が非常に多いことに目がいきました。
①タメます、タメます、タメます・・
②・・はい!ゴジラどーーーーん!!!
③「ギャオーーーーーン!!」(決まったぜえええええ!)
④(余韻もなく即座に)その頃主人公は、
みたいな描き方が本当に多かった。
ゴジラ見たいファンなんて、そんなんどうでもいいからはやくゴジラを見せてくれ!動きを見せてくれ!戦いを見せてくれ!って感じですので、物語ラストの戦闘シーンにたどり着くまでは本当にフラストレーションが溜まる作品になっております。
それでも耐えられたのであるとすれば、圧巻のゴジラの存在感や臨場感、そこに圧倒的に存在する「我らがゴジラ様」のかっちょ良い一枚画のクオリティが高かったからかと思います。
・・・と、批評じゃなくなってきたところで軌道修正。この映画がいかにクソだったかをお伝えするのがこの日記の役割です。
何がクソだったかその1
やっぱ戦闘シーンが少ない。もうそれは圧倒的に。特にゴジラにスポットライトがあたるシーンなんて本当に少ない。
既に我々がゴジラを知っているという程で本編を展開してくるので、制作者側からの「ゴジラ見たいだろう?見たいだろう?・・ほーれ、しっぽだよ。すごいCGでしょう?まだ全体は見せないよ。・・・ほーれ、足だよ。すごい臨場感でしょ?まだ全体は見せないよ」
みたいな感じが終始続きます。これゴジラにさほど興味がない人が見たら本当にただのダレてるクソ映画だよ。
戦闘シーンが少ないと書きましたが、怪物が町をただ歩くだけのシーンやら津波が押し寄せてくるだけのシーンも目白押し。それで一回我慢してねゴジラもう少し先に出てくるから、と言わんばかりのゴリ押しな迫力で(押し付けがましい迫力で)、自然災害怖いねえ〜、ひいては自然災害的な象徴であるゴジラってやばいねえ〜みたいな感じで視聴者をとことん誤摩化してきます。
津波のシーンがすごかったし原因としてはゴジラが海でモゴモゴしたから津波がきたので、「ゴジラすげえ」に帰結してしまいがちだけど、
いやいや、それただの津波だからね。だまされねえぞ。ゴジラはよ。
な状態でした。
何がクソだったかその2
実に説得力のない存在感(スケール)で描かれる物語。
わりと世界(主に太平洋間)をゴジラは自由に行き来します。そして今回はムートーという言わばゴジラを主役に引き立てるための悪者怪獣も2体出てきます。そこらへんのクソ高いビルをあっさり追い抜かす平均身長のこいつら三体が、太平洋間をザックザックと突き進むのに人間たちは基本的に気付きません。なんでやねん。
物語は15年前から始まっていた、というような冒頭のシーンから始まり、洞窟内にて超巨大な生き物の骨を発見するのですがこれは世界に公表されず。
その後も現代になり、怪獣が大暴れを始めるのですがなかなか情報が普通の人間に回ってこない。少なくとも嘘と言われようとも情報って漏れるものだと思うのですが(しかもあんな巨大な生き物がコソコソせず堂々と海を渡っているのだから)、なぜか人間は気付かない。二体目のメスムートーが放射性廃棄物処理場から尋常じゃない大脱出をしたときでさえ、軍隊さんが調べに来るまで全くわかりませんでした状態。地元のカジノの人間たちも、ムートーの足が天井をぶっ壊すまではすぐ外を歩いていても全く気付きません。
どうなってんだこの世界。
故に、いかにゴジラや津波やムートーや壊れていくビルを見せつけられても、ああこれはこの空想のお話の中での出来事なんだなあ〜感が拭いきれず、自然災害的な免れられない脅威みたいのがまるで説得力なくなっていたなあと思いました。
何がクソだったかその3
物語の最終的なオチ
ゴジラは二体のムートーを倒して海に帰ってゆき、人々はわああ!ってなっておしまい。
なんでやねん。
まず、渡辺謙演じるDr.芹沢なんですが、物語の中盤らへんでゴジラのことを「自然」と表現し、自然は常に均衡を保とうとする、自然を支配して人間はこの世界の王になったが実際はその逆だ、というようなことを言います。なので、ゴジラはきっとムートーを都合よく倒してくれるかもよ(もしかしたら味方なんじゃね的な含みを持つ言い方)、って言います。
なんでだ。
どこからくるんだその発言の自信は。
いや、結果的にはそうだったんだけども、それって日本映画のゴジラを見慣れてる人しかわからないやつなのでは?
なぜだか終始ゴジラとムートーを別次元程の感覚で差別化するんですね。この映画は。
パシフィックリムみたいに全部「カイジュウ」って一括りにするならわかるのだが、渡辺謙も何故か「ゴジラ」だけは日本語の発音でリスペクトしてるし、おいおい制作者が見えてるぞ、ってな具合でした。
少し話がズレましたが、以上のことより、物語の最後にムートーを倒したゴジラが海に帰っていって万歳ってのは都合が良すぎるよなあ、とめちゃくちゃ思った。
十数年前はあんだけ殺そうと水爆実験までしてやっきになってたのに、なんでか放し飼い方針に変更したんですね。はあ〜。
まあそんなこんなで、ゴジラリスペクトし過ぎて話がややふわふわした立ち方(妙に現実感のない立ち方)をしているなと感じました。
怪獣映画だし映画館で見なきゃ損だぜ、って思って見に行きましたが
「普通に家でDVD借りて見ればいいよ」
だってそんな戦闘シーンないし。
ゴジラファンだけ見に行けばいいんじゃないかな。あとはとくにナシ。宇宙戦争だって結局家のテレビで見ても満足できんだからゴジラも一緒でしょ!
ということで今回は「GODZILLA」でした!
最終感想
「見なくてよし!!」